提案
ゆららさん、コメントありがとうございます。
認知症の進んでいる母は、私の名前も忘れているのに孫の名前は忘れません。
「おいしいものを食べると、孫に食べさせてやってくれ。」どこかに行くというと「孫もつれていってくれ。」といいます。
二人とも不登校だったので、その辺の記憶が抜けないのか、「かわいそうな。かわいそうな。」とばかり言います。
心配は不安を生み、あまりいい方向へ行かないように思います。
私は、一人っ子で兄弟もなく、母も認知症になり、夫も長男だからと実家に帰り、子供は二人とも外に出ていて、何を決断するにも一人で決めなければなりません。
時にはしんどくなるけど、人間、もともと一人。頼らずに生きる練習だと思うことにしています。
私が、松山で引きこもっている弟の事を、うちのばあちゃんみたいに心配に思わないのは信頼しているからと、今、自分がこれからどう生きるかということを見つめ始めた成果も知れません。
今、朝晩自転車に乗り、近くの海岸でラジオ体操の会の人とラジオ体操をしています。
ジャズピアノも習い始めました。それとダイエット。目標体重までやめずに続けています。
女と生まれたからには死ぬまで若々しく、美しくいたいと思うのです。
50才目前、孫だ!娘だ、「私はあんたのために一生懸命や。」と事あるごとに言う母を見て、家族の為ではなく、これから自分はどうしたいか、そのために何をすればいいのか考える年かなー。と思うのです。
今回夫は長男だからと実家に帰りました。もう帰りたくないというう私に無理強いしない夫。夫婦にとって、それが幸せなら、そういう結婚生活もあっていいのかもしれません。
夫婦の問題だけではすまないところもあって、実際、メチャ面倒くさいのですが、そういうことは、考えない。その時考える。ことにしています。
それと、相手を悪く言わないようにしたい。言いたくなったら、ありがとう。ありがとう。と唱える。
毎朝、ラジオ体操に言って思うのです。冬になり、朝はまっくら。体操しているとだんだん明るくなります。「明けない夜はないんだなーっ」て。ファイト!
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コメント
ただ一言・・・・カッケェー!!(かっこいい)
うなずきながら、読んでました。
本当、その通り。
人が10人いたら、10通りの生き方があって当然。
先日、病院の先生が「人の成長なんて、1年や2年で決まるものでなし・・」
そうなんだよねー
うちの舅様も認知症。
携帯など、ビシビシ使っていた人が、できないので、私に助けを求めてきます。その目には、うっすら涙が・・・大丈夫よ、と声をかけるのが精一杯。
なんだかな~
投稿: ゆらら | 2008年11月24日 (月) 08時29分
お久しぶりっ
いやぁ・・・・なんてコメントして良いものやら<夫の方のこと
私も一人っ子で、で、旦那は田舎の長男なのでとても「他人事」とは思えなくてね。
でも、ま、うちの場合はその歪みが息子に出たかも・・・と考えられるので夫は母(姑のことね)のところには帰らずに私たちのところにいますが←あ、あくまでもうちの場合・・・というかうちの問題点ね
ゆららさんのおっしゃるように10人いたら10通りの生き方があるわけで、たびおかさん(と言った方が良いのかな?)が選んだ生き方、夫婦のあり方もまたそれはそれでひとつだと思うのです。
おそらく住んでいる場所の影響も大きいのでしょう。
あっ
私、「メタボ症候群非該当」でしたのよん。
腹周りやBMIはしっかりメタボ基準なんだけど、幸か不幸か(多分幸せなのでしょう)、体内のいろんな値が恐ろしいほど「正常」。
強制的に保健所送りになって痩せられるという望みは断たれました
投稿: mint | 2008年12月 4日 (木) 20時08分